議員は、是々非々を言えるが身上(財産)とみつけたり

 私は地総債の廃止を、「国は自治体の大型施設いわゆる『箱モノ』の建設を抑制する狙いである」と判断しました。「国から元利償還金の一部を地方交付税措置されるから心配ない。」としても、では市が自ら負担する分の財政措置は長期的に保てるのかが不安です。

 なぜなら国と相対関係にある須坂市の財政が、国家の財政の減衰と無関係であり続けることは可能でしょうか。であれば市議として「総合体育館は、本当に今の須坂に造る必要があるのか。」ということになります。私は、市民の直接の意見を聞くために、「地域づくり市民懇話会」にも欠かさず出席しました。亦、スポーツ愛好者の団体である「須坂市体育協会」から頂いた『須坂市総合体育館建設実現賛同についてのお願い』文を何遍も何遍も読み返し可能性の摸索もしました・・・・
 
 しかし、現下の諸々の財政状況と見通し、況や富士通城下町須坂が、このたびの「富士通リストラ」で無傷で居れるはずがありません。茲は止む無く「建設計画は凍結」こそが市民にとって有益になると判断しました。
 
 思うに、市がなす市民のための体育施設サービスは、より一層学校体育と社会体育の共存を図るべきであり、利用する皆さんの利便性を第一に考えるべきです。市民の健康づくりは、市民の誰しもが市内に合理的に配備された身近な体育施設で行政サービスとして受けられることが大切です。そして、いまこそ真の行政サービスとは何かを見つめ直す時期にきていると感じます。
 
  市議会議員として、是々非々を首長に言えないことは議員として最大の恥辱であり、是々非々論を実践できないとなれば、日頃から主張する私を支援して下さっている会員の皆様に対して、最大の裏切りだと感じております。政治家は口が身上(しんしょう)です。議会で自由にものが言えん議員は議会から去るべし!


2002/09/03 (火)