須坂市福祉企業センターの抱える課題について

 須坂市福祉企業センター(豊丘町と二睦町の2か所にあります)をこの3月で廃止したい意向であるとが示されました。

○市が示された廃止理由
1. 須坂市福祉企業センターは初期の目的を終えている。
2. 利用者の減少や高齢化とうによるリスク管理問題も顕著化。
3. 障害者の雇用においては、社会福祉法人等が運営する事業所の代替性に期待できる。
4. 性格困窮者については、ゆめわーく須坂やハローワーク等の機関を利用することによって、雇用機会の創出が可能である。
 
 とする、社会的弱者を思いやる温もりが寸分も感じられない理由付けでありました。

 そこで、
廃止理由1.について私は次のように考えます。
 超高齢者社会に足を踏み込み、2025年には団塊の世代の人々が、こぞって後期高齢者と言われる範疇に移行する社会事情を鑑みるとき、果たして年金生活者が年金で生活が全てを賄えるとは考えられない。況や詐欺とも思える年金基金の運用会社が2000億円に上る流失事件か発覚、年金に依存する勤労者は将来の生活の不安は募るばかりである。
福祉企業センターは決して初期の目的を終えているとは言えない。県下の生活保護受給者の増加を斟酌すれば、寧ろ今まで以上に生活保護に頼らざるをえない市民が増加すると見るべきではないか。

廃止理由2.について私は次のように考えます。
 利用者の減少は偏にセンターを預かる行政の責任問題でなかろうか。仕事がなかったならば市内の企業を巡り、何とか仕事を出してもらう売り込み努力をしたのであろうか。一方、センターの存在を知らない市民に「市には授産施設としてこのような施設がありますよ」と喧伝する労を怠ってはいなかったか。やる気のない準天下りともとれる年金受給までの腰掛ポストが消極的な運用でなかったか。これが将に「高齢化によりリスク管理問題の顕著化」の表現である。必要なのは管理能力ではなく、一人でも社会的弱者を救ってあげる気概であり、この生活困窮者の窮状を如何に救ってあげるかの努力のプロセスが微塵も窺えないことは洵に残念である。福祉企業センター設置場所を勘案するに須坂市の郊外に位置する。高齢者でしかも自動車の免許証を保有していない者が、自宅より歩いて通える福祉企業センターで1日働ける安堵感こそ、そこに授産施設の存在意義があるのではないか。

廃止理由3.について私は次のように考えます。
 障害者の雇用においては、社会福祉法人等が運営する事業所の代替性に期待できる。このような料簡でよくもまあ福祉企業センターの設置目的に基づく施設で、福祉事業に携わっている者としての自覚の欠如でしかない。行政が普遍的に守りきらなければならない使命を忘却した三木新市長は行政の蹉跌と言える。

廃止理由4.について私は次のように考えます。
 ゆめわーく須坂やハローワーク等の機関は職場斡旋機関であって、毎日通っても一銭にもならない。高齢になればなるほど中々働く場がない。況してや後期高齢者の範疇に至っては皆無である。私のところに相談にみえる市民も、「あと月3万あれば・・・」とか「あと5万あれば・・・」との働き口を求めて訪ねて来られる高齢者がおられる。福祉企業センターに通えれば、時間給であれ能率給であれ、1ヶ月1万円から10万円のばらつきはさて置いても、工賃をうけとることが出来るのである。高齢者にとってこの給金はダイアモンドや金よりも勝ものではないか。福祉企業センターを神様と思うだろう。私は高齢者や後期高齢者、或いは老いても働きたい人々、「あと月3万あれば・・・」等の人たちのために、須坂市内に数ヶ所福祉企業センターを設けてあげる世情であると感じています。

総括
 私は市福祉企業センターが授産所であること。授産所とは身体障害者や精神障害者、ならびに家庭の事情で就業や技能取得が困難な人物に対し、就労の場や技能取得を手助けする施設。(ウィキペディア百科事典より)であることを再認識し、施設が存続され事業が継続されるよう断固市長に猛省を促します今回の施策は。市長が掲げる公約と相容れないものであり、就任早々に市民の期待を裏切った将に背信行為と申せます。政とは社会で身を寄せ合って懸命に生きている人々に温もりを伝えるものでなければ、人々は政から心が離れます。


平成24年3月1日記
須坂市議会議員 佐 藤 壽三郎