おのこらが 汗と泥とで 甲子園  壽茶(じゅっちゃ)
  
               甲子園を目指して県下98校が鎬を削る。がんばれ若鷲!

會報ことぶき 月報(No.43) 2002年7月後期号
(佐藤壽三郎市議会議員活動報告)


【コラム・千曲のかなた】
 何だったのだ?知事不信任可決!県民不在の意地の張り合い!!
 長野県議会は、議会側が田中知事に代わる候補を持たずして知事不信任を可決した。県民より、これは数の横暴でありとても民主主義のルールに沿ったものでなく、無責任極まりない権力の行使だと言われても仕方がない。雨台風であった6号・7号も幸いに長野県には殆ど被害はなかったが、真摯な討議と迅速な措置が求められる。

 河川は、奥山にその水源を発し、山あいを走り幾多の沢の水を集めて川となる。谷あいから一気に扇状地を形成し、やがて平坦な沖積平野を流れて河(千曲川、犀川、木曽川、天竜川、姫川、関川或いは湖)に合流する。谷川のときは両岸の岩山が天然の土手となるので土石流になるも氾濫はない。水害は扇状地の開放部分から沖積平野と河川の合流部分で圧倒的に発生する。

 越後平野もかっては信濃川の氾濫に泣いて、分水町で信濃川を二分することによって、越後平野を日本有数の米どころにした例もある。あるいは既存の河川をある地点で分岐し、新河川を造ることのほうが、巨費をかけてのダムの建設と自然との兼ね合いや、ダムの維持費とダムの寿命等を考えると、河川の水量の危険分散と如何に時間をかけて大河に流し込むかの必要性を感じる。川(自然)は扇状地部分で氾濫することにより肥沃な大地をもたらした。人間が土手を造ったことにより、川は氾濫する特性を奪われた。

 この報いをどう解決するかが、人間と川との永遠の課題ではないか。特に須坂市は「56災害」で仁礼宇原地区は土石流にみまわれ、尊い10名もの人命が失われた。その折この悲劇を二度と繰り返すまいと誓った町ではないか!


【中島輝夫県会議員(県政会・元県会議長・71歳)が引退を声明。】
 須坂市・上高井郡区選出の中島輝夫県議会議員は、21日開かれた後援会役員総会で引退をする意向を明らかにした(信濃毎日新聞より抜粋)。

 今回の田中知事不信任の動議に関連して県政会の会派拘束を破って中島県議は退席をされた。筋を通す須坂人の気質からして、須高地区選出の県議二人に、小職は「もしや」を予期した。案の定中島県議は動いた。県議の理屈ではなく道理を示した一連の発言は、是々非々が言えない昨今の政治家が多い中でお見事であった。是々非々を信条とする小職は、「男はかくありたい。」と願う。きっと後世まで語り草となろう。


【肩の力を抜いて生きなさいと言われました。
                   そこで・・人間らしく生きる十か条】
@社会や組織の中に生じる毒ガスを鋭敏にかぎとるように努める。
A想像力の大切さを自覚しよう。
B自分自身を笑える人でありたい。
C組織から抜け出して、他の組織を観察せよ。
Dマナーの人であれ。
E自腹を切って遊べ。
F詩を読む人であれ。
G歴史を学ぶ人でありたい。
Hユーモア精神こそ、人間の精神で最も大切なものの一つ。
I現状の認識についてはやや悲観的に。しかし、未来と将来の展望については楽観的に。
 
 とありますが、幾つ実践できるかどうか難しい話です。(元朝日新聞論説員 轡田隆史著 「考える力」をつける本より抜粋。)


〔議員活動報告〕
☆ 6月24日、開かれた須坂市議会をめざす議員連盟(略・議改連)は、陳情・請願等について学習会を行った。

☆ 7月15日、議長選挙で提唱した@総合体育館を市議選終了時まで凍結。A議会報作成のマニアル制定。議長の会は離脱について協議。

☆ 7月20日 須坂市議会は、須坂カッタカタまつり「踊りの祭典」に参加した。当初経済不況等を考慮して取り止めの話も出て、一部議員より「有志で参加する。」動きもあったが、小職は異議を唱えこれを阻止し『議会として参加する』ことに訂正した。不況時であればこそ、議員が景気の誘い水として動くは当然の話である。

〔議会報告〕
第4回臨時市議会は4月16日開催され、東中学校体育館の建替えを決議しました。
議案は、平成14年度東中学校体育館の主体工事請負契約の締結に関して、

 1.契約の方法=指名競争入札による請負契約
 2.契約の金額 3億7,800万円 
 3.契約の相手方 株式会社新南商会
 4.工期 平成14年7月16日から平成15年2月20日まで。
    採決の結果、全会一致でこれを承認した。

【市政報告】 教育委員会関係
○須坂市教育委員会は、写真家竹之内貴裕氏(東京・板橋区在住)より、7月13日、写真集「Once in a Blue Moon 」の寄贈を受けた。写真集は、市内の小・中学校の図書館、公民館、地域公民館等あらゆる市の機関に配布され、市民が手にとって見れる。この写真集により多くの市民が癒されるであろうことを確信します。
 小職のHP内の「随筆」のバック写真が、同氏のものを時々使わせて頂いた奇縁が今回、須坂市に寄贈の運びとなりました。竹之内氏に深甚なる感謝を申しあげます。


○バーミューダに交換留学していた小山由香里さん(須坂東高校)が帰国報告をかねて、市教育委員会を7月18日訪問。須坂市はこの「小さな国際親善大使」に当市の紹介ビデオの託しを提唱した関係で立ち会う。


【地方分権時代のもたらすもの】 
 
第1.『地方政治が危ない!』 と言われる問題点の論評  

 市議会議員となって任期満了年を迎えています。いま「地方政治が危ない」と言われています。そこで挙げられている問題点等を取り上げ、現職の地方議員として論評を加えたいと思います。

 今月号は「市民(有権者)の責任」についてです。

1. 平成11年市議会選挙は、当選した議員26名の中から、元議長は当選証書交付日の翌日逮捕された。司直の介入によって事実が暴かれ、候補者と有権者の間には、永年の悪しき慣習である買収が公然の事実として行なわれていたのである。巷間伝え聞くものは、現金、商品券、物(巨峰・靴下・海苔等)が飛び交った選挙であったらしい。農家を営む候補者は、「腹に入ってしまえば分らない。」と収穫物を配ったらしい。


 戦前、町会議員が名誉職と言われていた時代は、議員は民主主義制度のお飾りで、立候補者も資産家が田舎名士で占められていた。必然選挙は大判振る舞いになり、これが見方によれば有権者からは「たかり」選挙で、議員の肩書きを欲しいままにするには、そのくらいの投資は必要であったのかもしれない。この風潮は市に昇格しても風土として残って、違法であることは分っていても、選挙の度に現金、商品券、物が飛び交うこととなったのであろう。先ごろ某後援会は早々にバスを仕立てて、須坂を離れて後援会を開催したが、議員が決して名誉職では務まらない現代の議員のあるべき実像をお伝えしている以上、私を支援して下さる壽會佐藤壽三郎後援会の会員の皆様は、買収の誘惑には「アンタチャブル」であって欲しいと願います。


2.日本は、最高権力者に天皇を戴き、ときの将軍や実力者は中国のように「帝」を倒すことはなかった。清盛、頼朝、尊氏しかり、秀吉、家康さえも朝廷を牛耳っても成り代わる発想はなかった。只、信長だけは解からない。生き様が未完のままで、ある日光秀に絶たれてしまっているからである。歴史を一気に幕末に置き換えても、吉田松陰が今でいう「自由・平等」をどのくらいのレベルで唱えたかは疑問である。弟子の高杉晋作が「奇兵隊」を創設するも、当時の長州の組織において「はぐれ雲」であった晋作が、いわば草刈場であり圧倒的に人口割合からすれば潜在的予備軍であった「武士」以外に「農工商」に眼を向けたことではなかったかと思うのである。なぜならば、「農工商」にある身分の者にとっては、政(まつりごと)や鎧を身に付け刀を帯びることは、きっと憧れであったと思うし、「市民の責務」という概念も理念も育っていないし、教育を受けていない当時の状況からしても肯定できない。松陰や晋作にはおぼろげにもそのような概念はあったのであろうか。寧ろ晋作は、幕府の使節団に同行して上海を訪ねたおり、植民地化政策に手段を選ばない西欧諸国の手法、アヘンによって大国である清国が滅びゆく様を目撃し、次は祖国が襲われるとする「日本国」の救国に走った結果が「倒幕」であり「奇兵隊」であったと解すべきではないか。つまるところ「市民の政治に参加する」土壌は明治時代に、日本に大学が設立され「臣民の権利」が唱えられた後のことと思います。


第2.自由党が国家公務員の職務に係る政治的中立に関する法律案を発表した。

国家公務員の職務に係る政治的中立に関する基本原則を明らかにすると共に、政治的行為の制限その他の国家公務員の職務に係る政治的中立を確保するための措置について定めるものとする。


第3.日本は一番上に官僚組織がいて、企業、個人がぶら下がる『権限型縦社会』。

 規格大量生産という近代工業社会を前提にした官主導の縦社会で、有能な官僚が主導しないとダメだという『国民不信の思想』だ」「企業でも国でも目の前のことを変え、本質的な部分は手をつけない。だから、『人事』『仕方』『仕掛け』『仕組み』『思想』の順番で段階的に変える。企業が『人事』で世代交代を図るように、国で言えば、竹下登さんや金丸信さんに代表される自民党政権から非自民の細川政権をつくった。次に企業が店舗のつくりやPRの『仕方』を見直すように、橋本政権で財政再建や行政といった6大改革に走った。小渕政権で護送船団方式の『仕掛け』を変えようとした。それで、金融再生法や産業再生法、会社分割制度、特定目的会社法の見直しなど道具をそろえた」堺屋太一氏の発言より。



【民営化論についてのヒント】
 私は、市の現行事業のうち、民間で出来るものは民間に開放すべきと、4年前市議選に出るにあたり提唱しました。永井市長も「民営論者」であることから、このことについては、「地方公務員法」という壁がありますが、一般質問で再三に亘っての提唱は、緩やかな効果を描きながら進められている印象を持ちます。


1.民営化の成功の鍵は、互いに相反する三つの要素をどのように両立するかだと思います。すなわち、(1)新たな組織の独立性、(2)新たな組織と国の関係、(3)競争の導入(行政改革担当/規制改革担当大臣 石原伸晃)領内のヒト、モノ、カネ、情報、文化が集中する市町を掌握することは、効果的な領国経営をする上で不可欠であった。(日経B)


2.信長の「城郭政治」には3つの特徴がある。 第1は造営建設工事を中心とする景気
  刺激策による都市の経済拠点化。第2は、都市を掌握するための城郭と城下町の一体設計。そして最後は、諸侯、商人、職人、庶民を巻き込んだ土木建設事業の実施とそ れを通じた統一国家への意識の醸成である。(日経B)

3.「官主導の縦社会を壊すこと。官僚は事後チェックを担う補助的役割になってもらう。規格大量生産ではなく、情報や知恵といった新しい価値に重きを置く『知価社会』の側に立ってみれば、知恵を出すことによって商機が見いだせる面白い社会になってきたと映るはず。まず、規制を撤廃する。混乱が起きるが、国民や市場の選択でやがて静まる。市場でおさまるところが正しいと信じることが重要です」
  堺屋太一氏曰

【会派・自由クラブの活動】「青年の樹」を自由クラブの会の歌と定める。

多感の友よ 思わずや 祖国の姿 いま如何に 明日の夜明けを 告げるもの 告げるもの 

我らをおきて 誰かある 国を興せ 青年の樹よ(石原慎太郎作詞、小林亜星作曲)

【中央政界通信】
 6/22若林正俊後援会、安倍晋三内閣副官房長官来長。来賓、村井国家公安委員長、小坂代議士

【町区関係】
 6月30日、公選農業委員に、南部ブロック推薦で地元境沢町の徳永剛吉氏(64歳)が無投票で当選した。公選定数20に対し19名しか立候補者がなく定員割れであった。委員選挙は昭和47年以来11期連続無投票である。


【注目のインターネット記事から】
              
 ○動向注目 △朗報・期待 ▽怒り・失望 ◎感動・支持
○18歳以上に投票資格、高浜市議会が条例改正案可決(6/24日経)

○政府・日銀が円売り介入、円121円近辺に急伸で(6/24日経)

○コメの計画流通制廃止へ・食糧庁方針(6/25日経)

○「日の丸」反対で議員除名 政令市で初、横浜市議会(6/25信濃毎日新聞)

○田中康夫知事は、浅川(長野市)、下諏訪(諏訪郡下諏訪町)の両ダム中止を表明(6/26朝日新聞)

○大町市長に腰原氏4選 1万票余獲得、3新人破る(7/1信濃毎日新聞)

○長野県議会、知事不信任決議案を可決。(7/5信濃毎日新聞)

○「全国ヤミ金融対策会議」(代表幹事・宇都宮健児弁護士)は16日までに、東京や大阪などで一斉に行った「ヤミ金融110番」の相談内容をまとめた。中には「1日20割(年73000%)」(東京)というケースもあり、法外な金利の利息を取るヤミ金融の実態が明らかになった。同会議は「法定金利の年29.2%を超える利息を要求すれば犯罪。返済を迫られたら警察や弁護士に相談して」と呼び掛けている。(日経7/16)


【会員の広場】
遠い昔、壽三郎ちゃんが亡き母に、「おばちゃん!俺、大きくなったら東京に行って、偉くなったら楽させてやるからね。」と言われた言葉が思い出され、とても嬉しく胸が熱くなりました。母も元気でいたらきっと・・・k子さん

故先代社長のために、惜別の一句を詠んでいただきましてありがとうございました。・・・椛轄闢d機製作所新社長。

先日、用があって市役所に行きました。駐車場に『ぼろベン』がありました。議会にきているのだなぁ。今日も須坂のためにご苦労様と思いました。どうか体に気をつけてください。 ・・・A子さん




【何遍読んでも、その都度涙が止まらない心に残る名作】

 検事代理はようやく閉じたりし眼(まなこ)を開くとともに、悄然(しょうぜん)として項(うなじ)を垂(た)るる白糸を見たり。渠はそのとき声を励まして、

「水島友、村越欣弥が……本官があらためて訊問するが、裹(つつ)まず事実を申せ」

友はわずかに面(おもて)を擡(あ)げて、額越(ひたいご)しに検事代理の色を候(うかが)いぬ。渠は峻酷(しゅんこく)なる法官の威容をもて、

「そのほうは全く金子(きんす)を奪(と)られた覚えはないのか。虚偽(いつわり)を申すな。たとい虚偽をもって一時を免(のが)るるとも、天知る、地知る、我知るで、いつがいつまで知れずにはおらんぞ。
しかし知れるの、知れぬのとそんなことは通常の人に言うことだ。
そのほうも滝の白糸といわれては、ずいぶん名代(なだい)の芸人ではないか。
それが、かりそめにも虚偽(いつわり)などを申しては、その名に対しても実に愧(は)ずべきことだ。
人は一代、名は末代だぞ。
またそのほうのような名代の芸人になれば、ずいぶん多数(おおく)の贔屓(ひいき)もあろう、その贔屓が、裁判所においてそのほうが虚偽を申し立てて、それがために罪なき者に罪を負わせたと聞いたならば、ああ、白糸はあっぱれな心掛けだと言って誉(ほ)めるか、喜ぶかな。
もし本官がそのほうの贔屓であったなら、今日(きょう)限り愛想(あいそ)を尽かして、以来は道で遭(あ)おうとも唾(つば)もしかけんな。
しかし長年の贔屓であってみれば、まず愛想を尽かす前に十分勧告をして、卑怯(ひきょう)千万な虚偽の申し立てなどは、命に換えてもさせんつもりだ」


  中略


  これに次ぎて白糸はむぞうさにその重罪をも白状したりき。裁判長は直ちに訊問を中止して、即刻この日の公判を終われり。

 検事代理村越欣弥は私情の眼(まなこ)を掩(おお)いてつぶさに白糸の罪状を取り調べ、大恩の上に大恩を累(かさ)ねたる至大の恩人をば、殺人犯として起訴したりしなり。さるほどに予審終わり、公判開きて、裁判長は検事代理の請求は是(ぜ)なりとして、渠に死刑を宣告せり。

 一生他人たるまじと契りたる村越欣弥は、ついに幽明を隔てて、永(なが)く恩人と相見るべからざるを憂いて、宣告の夕べ寓居(ぐうきょ)の二階に自殺してけり。

義血侠血(通称滝の白糸)の名場面
  
「高野聖」角川文庫、角川書店より抜粋。法学部の学生が一度は読む悲話。




【北信鏡】
 6/22若林後援会 /23陳情相談/商工会議所、議会 /25教育委員会。議改連反省会 7/3一期議員会 /4議長選協議 /5第3回臨時議会 /10議会報編集委員会 /13教育委員会 /15反省会 /16第4回臨時議会 /17北信3市議員野球 /18教育委員会 /19八十二銀行と議会交流会 /20カッタカタ祭 /21飯山鍋倉高原視察 /22受陳情。信金と議会交流会



発行日・配信日 平成14年(2002年)7月22日 
発行人須坂市議会議員佐藤壽三郎
発行責任者壽會佐藤壽三郎後援会竹村徹志

fax 026-245-5673  長野県須坂市墨坂南一丁目6番23号