小坂善太郎先生の遺徳に頭を垂れる


 今日は、郷里が生んだ偉大な政治家、元外務大臣を務められた小坂善太郎先生の三回忌が、長野のホテル国際21で執り行われました。参列者は国会議員・北信地方の首長、県・市町村議会議員、先代を支援した人たちであったが、献花の列は何時までも続いた。

 私が物心ついたときから、善太郎先生は北信地方の巨星であられた。喉で声を転がす独特の喋り方は、幼い日に耳にした時に「政治家はこのように喋るのか」と感動しました。選挙の遊説カーが来ると辻で行われる演説が聞きたくて自転車で追いかけたりもした。遊説カーが移動すると必死に自転車で追い掛けて、幾つもの遊説を聞きました。私は善太郎先生の追っかけであったと申せます。そんな小学生時代のことを、私は今日この会場の郷里の偉人の遺影の前で思い出して合掌しました。

 帰りに追悼写真集をいただいたので、早速に紐解くに、私の記憶の中にある善太郎先生は、まさに円熟期の先生の写真である。高校時代は先生の喋り方を真似もした。政治家は演説が大切と弁論大会にも出場したりして、政治家を夢見ていた。

 日本が敗戦から漸く気を取り直し、国家の復興と躍進の時機に活躍された先生の遺徳を今日はしみじみと偲び、哀悼の洵を捧げたい。           合掌
2002/11/17 (日)