士為(した)るは その志にあり



 国政レベルの政党が、国民に示した「約束事」を放棄して、政権を奪い返そうと只管窺う政敵の甘言に弄ばれて今将に手を組もうとする時局の様は、将に彷徨する羊の群れに虎視眈々と狙う狡猾な狐を見る思いである。政党政治のあり方が今問われている。

 思えば三年前の8月、国民の多くは「民主党が国民に示したマニフェスト」に夢を託し、当時の民主党が必ずこれを実現してくれると信じて、自民党から民主党に政権交代を選択したものである。

 あの政権交代からどれほどの歳月が流れたのだろうか。一昔も二昔もときが流れたような言い方をしているが、僅か三年の時の流れでしかない。にも拘わらず政権政党は昨今国民に政権を握った暁に実行するとした公約である「マニフェスト」を破り捨てようとしている。してみれば民主党も自民党も政治綱領に大きな違いがないことなのか。脱自民をあれ程に謳い文句にした政党活動は何だったのか。我が長野一区もその民主党旋風に政界は一変してしまった・・・

 いやしくも政権政党の党首即ち総理大臣が、政党政治の何たるかを失念して、政敵である自民党のあの手この手の揚げ足取りに少しずつ同調し、内閣改造の名の下に問責決議を受けた二人の大臣を庇い切れずに更迭した。同輩の閣僚を守り切れなかった謗りは免れない。同輩を斬ってまで自民党と手を結番とする総理は、果たして救国の旗手なのであろうか・・・

 遠く時代を遡れば、太閤秀吉亡き後の秀頼が家康より受けた、方広寺の梵鐘に彫られた銘文「君臣豊楽」「国家安康」に対する言いがかりを彷彿させる。挙句の果て、豊臣政権はその後大阪冬の陣に誘導されてあえなく崩壊したではないか。奈良の大仏殿より大きい京都の大仏殿である方広寺は焼失した。更に秀吉の墳墓までも暴かれた事実を知るべし。

 民主党党首(総理大臣)は消費税の増税を実現するためには、政党が結束する手立ての「マニフェスト」さえも捨て、党内の増税反対者を切り捨て、政権奪還の鎧を衣で隠した自民党と大連合を組もうと目論んでいる。自民党が政権奪還を果たした暁には衣は脱ぎ去られ、武具を纏った自民党の覇権に民主党は雲散霧消にならないか。かって自民党と手を結んだ故の社会党の末路を思い出す御仁も多かろう。

 民主党首脳部の自民歩み寄りに「異議あり」と唱える小沢元党首の諫言も一理ある。義の政治は人心を揺るがす。この時期に消費税の増税反対の発言は説得力がある。為政者は矜持を失うことは全てを失う。約束を違(たが)えるを恥と心に刻めと言っているようにも思える。

 国民が何を望んでいるかを無視しての、覇権争いは必ず歴史に汚点を残すばかりでなく、あがなえない不信と不安を国民に抱かせる。

 寛政の朱子学者尾藤二洲は「良馬不在毛 為士在其志≪良馬は毛に在らず、士為(した)るは その志にあり≫」と塾生に示したが、国会議員はこの「示塾生」を如何に解さんと・・・


平成24年(2012年)6月6日記す