野鳥・地震・経済は国境線が無いが・・・



 国家とは何ぞやと、市井でも折あらば語られるものであります・・・

 遠い遠い昔は国家の定義は当然無かった。人々は渡り鳥と同様に自由に大地を巡り歩き、安住の地を求めては定住するものと、更に新天地を求めて移動を重ねたと思われる。

 そこに存在した境界は、家族を守るため或いは一族を守るための、領分という囲いがあったことは想像されるが、決して国境とは言えなかったのではないか・・・

 わが国の遠い祖先も、日本列島が大陸と陸続きであったころに、日本人の遠い祖先は住み着いたと思われる。地殻変動はやがて大陸と日本列島を海によって隔てたが、逞しい遠い祖先は臆せず移動と定住を図ったものと思われる。

 数世帯の集まりが、幾つか集まって集落をなし、亦幾つかの集落が集まって邑(村)を為す。村が拡大されて郡をなしこれが国となる。この場合の国は現在の郡の規模(広さ)を意味するものと思われる。何時しかそこに統治する者(シャーマン)と統治される者の分離が生ずる。これは日本史の教科書の冒頭部分であり、誰しも学んだことである国の成り立ちでもある・・・

 人々によって国が形成されるとそこに国境が必要となる。国の利益を守るために排他性がもたげてくるためである。

 この場合に国境(領土)と統治権は同一のものでなければならない。他国の統治権の排除がそこに生ずるのである。領土と民と統治権はもっとも古典的な国家の三要素と言われる所以である。国家は税を取り立てるために戸籍(国籍)で住民を管理し、必然異国民の移住な入境は禁止される。今で言う出入国管理が為されることとなったと想像がつく。

 私は行政書士業務、とりわけ外国人のための在留許可に関わる手続を業として行う申請取次行政書士として、厳粛なる入国管理制度に向き合う度に、国家とは?を問う機会に接することは貴重な体験である。

 息を殺して不法滞在をし続ける外国人。在留資格を逸脱して就労する外国人。或いは在留資格を偽ってまでの不正入国の実態。これとても主権国家故の国家管理の一形態として理解しなければならない。
 
 然し・・・入国の規制を緩めることは、後戻りの効かない施策であって、安直に少子化対策や労働力不足の解消策としての有効策とは考えにくい。




2008/05/28 (水)